1. はじめに
2025年は、日米同盟の専門家や「知日派」として知られた重鎮2名が相次いで白玉楼中の人となった年となった。リチャード・アーミテージ氏とジョセフ・ナイ氏である。
アーミテージ氏は、海軍士官学校卒業後に海軍に入隊し、ベトナム戦争に従軍。1980年代には共和党のレーガン政権で国防次官補、ブッシュ(子)政権で国務副長官を務めた。その後は自らの名を冠した政策コンサルタンティング会社の代表を務めた。共和党きっての「知日派」として知られた人物である。
一方、ナイ氏はクリントン政権で国防次官補を務めるなど、こちらは民主党政権の安全保障政策に大きく関わった。また、ハーバード大学ケネディ行政大学院で長らく教授を務め、ロバート・コヘイン氏(プリンストン大学名誉教授)との共著のなかで相互依存論 ※1 を唱えたほか、ソフト・パワーの概念 ※2 を提唱した国際政治学者でもある。
余談ではあるが、私が大学1年生時のゼミにおいて、ナイ氏とデイビッド・ウェルチ氏(ウォータールー大学教授)の共著による『国際紛争:理論と歴史』を輪読したことはいまでも記憶に残っている。当時の私は、大学入学時から国際政治に少しずつ関心をもちはじめていたが、本書の輪読を通して、国際政治や国際関係論の基礎知識や見方に触れ、国際政治への関心がさらに高まった。
そして、この両名は2000年、日米同盟の強化などを訴えかけた「アーミテージ・ナイレポート」を、超党派の専門家グループとともに発表した。その後、2007年、2012年、2018年、2020年に公表され、直近は2024年に公表されている。次章では計6回の報告書で示された提言の変遷や共通点について触れる。
2. 「アーミテージ・ナイレポート」について
まずは、時代による報告書の変化を概観していく。
安全保障面を例に挙げると、第1次報告では沖縄の基地問題や集団的自衛権に関する制約を同盟関係の「阻害要因」として指摘し、その解決に向けて努力するよう求めている。これに対し、近年の報告書では、日米共同統合任務部隊の創設や日本の統合作戦司令部、防衛装備品や技術の共同開発、防衛産業の重点化の記述がみられるように、より詳細かつ踏み込んだ内容の提言が盛り込まれている。
経済面について。当初は日本側の構造的課題や財政問題への言及が主だったが、次第に、自由貿易協定(TPP/CPTPP)や半導体・エネルギー協力など日米の経済連携強化の比重が増している。特に2012年の第3次報告以降では、貿易自由化からサプライチェーン防衛・友好投資確保へと提言領域が拡大しており、同盟が経済安保的な性格をより帯びるようになったことを表している。また近年では人工知能や5Gネットワークに代表される新技術の面での連携強化も提言に盛り込まれている。
最後に外交面について。対中国・対北朝鮮政策の記述は継続しつつ、近年ではクアッド(日米豪印)に代表される多国間連携やパートナーシップの強化がより明示的に打ち出されている。
しかしながら、上記のような変化はみられるものの、計6回のレポートは総じて、60年代から続く日米同盟の伝統を尊重しつつ、時代ごとの国際情勢変化に応じて課題を洗い出し、「同盟の自己革新」を促してきた点で共通している。そして、民主党・共和党を問わず日米関係の継続性を高く評価し、日米が互いにより平等な関係を築くことで、自由で開かれた国際秩序を維持するというメッセージを一貫して発信している。
ところで、最新の第6次報告のイントロダクションには、「米国のリーダーシップの将来に対する疑念がかつてないほど深くなっている」との記述がある。そして現在、この予言めいた記述をなぞったような状況が展開している。2025年に入って発足した2期目のトランプ政権は、アーミテージ・ナイレポートに記載されている提言とは逆行しているかのように見える。
3. おわりに ~ポスト「アーミテージ/ナイ」時代の日本の進路~
トランプ政権の政策に関連し、注目すべき書籍がある。共和党の故・マケイン上院議員の上席政策アドバイザーを務め、現在アンダイル・インダストリーのヘッドストラテジスト及びカーネギー国際平和財団のシニアフェローであるクリスチャン・ローズ氏の『The Kill Chain』 ※3 である。
同書では、勢いを増す中国に対して軍事の支配的立場を失いつつある米国への問題意識を出発点に、先進技術を活用したキル・チェーン(状況掌握、決心、そして行動という循環的な3つのステップ)を強化することを主張している。そして、そのためには、先端の科学技術を促進してそれぞれの技術を投入し力を蓄えること、そして、同盟国に安全保障も含めて相応の負担をさせることを主張している。
同盟を活用しながらの、短期的な関税ディールと内向きの方向性は、現在のトランプ政権のスタンスと一致していると考えられる。米国の安全保障政策が内向きになり、同盟国に具体的役割と更なる負担を要求するなか、日本は自らの外交・安全保障に関する独立した戦略を構築することが求められているとも見ることができる。むしろ、米国が極端に振れ不安定化している現状は、日本にとって逆にチャンスともなり得る。
たとえば、インドとの連携強化はそのチャンスの1つかもしれない。8月にインドのモディ首相が来日し日印首脳会談が開かれた。インドはこれまで「戦略的自立」「全方位外交」を基本としていたが、近年日本とは米国、豪州とのクアッドを通じて密接な関係にある。ところが、トランプ政権の高関税政策により米印間の対立が深まっている。インドにとっても、米国との関係が不安定化するなかで、日本との安定的な関係を望むインセンティブは高まっていると考えられる。日印関係を強化しつつ米国を再び引き寄せることができれば、「自由で開かれたインド太平洋」に近づくこともできると考えられる。
目下の日本に求められるのは、より強固な政治的基盤を築いたうえで、米国依存から脱却し、日米地位協定を含めた自国の安全保障関連政策を自ら再考し、日米関係を「活用」することではなかろうか。これまでのアーミテージ・ナイレポートでも主張されてきたように、日本が独自の強靭性をもちながらも、日米同盟を通じて相互の利益を追求することで、より安定した国際秩序を維持することが可能となる。日米関係は依然として重要な戦略的パートナーシップであり、これを活用することで日本は国際社会における影響力を高めることができる。
いまこそ、日本がリーダーシップを発揮し、変化する国際情勢に適応した新たな道を切り開く時ではないだろうか。同盟は同盟であって、依存関係とは似て非なるものである。
- 国際政治における経済の重要性や、非国家主体(NPO、多国籍企業)の役割が増してきたという変化を受け、1970年代前半頃から登場したリベラリズムの理論。国どうしの(主に経済的な)相互依存から国際関係への影響をとらえようとする。特にナイ氏とコヘイン氏は、相互依存における「敏感性(sensitivity)」=対外依存の量的度合いと「脆弱性(vulnerability)」=代替材の有無を区別し、相互関係が進化した「複合的相互依存」を分析した。
- 文化や価値観によって他国や国際社会に与える影響力。軍事力や経済力を指す「ハード・パワー」に対する概念。また、ナイ氏はハード・パワーとソフト・パワーを効果的に組み合わせた「スマート・パワー」という概念も提唱している。
- Christian Brose, The Kill Chain: Defending America in the Future of High-Tech Warfare, Hachette Books, 2020.