スクランブルとは、敵国機や国籍不明の航空機が領空を侵犯するおそれがあるとき、地上で待機している迎撃機が緊急出動することであり、この対応は国際民間航空条約および自衛隊法第84条を根拠とするものである。航空自衛隊は我が国の領空を守るために一時も休むことなく我が国周辺の空域の警戒監視を継続し、いざという事態に対処できるよう、24時間365日待機している。
自衛隊がはじめてスクランブル発進を行ったのは、冷戦真っ只中の昭和33年のことである。冷戦期はソ連の空軍機が日本周辺の偵察飛行を活発に行っていた。多くは水曜日の飛来であり、同じ機体で、東京まで近づく同じ航路を飛ぶことから、在日米軍が定期便の急行になぞらえて「トウキョウエクスプレス」と呼び始めたとされる。そして、冷戦後一時減少したものの再び増加に転じている。
戦後は中国に対する緊急発進回数が増加し、その頻度はロシアを逆転し、今日に至っている。グラフは、最近5年におけるスクランブル発進の回数の推移を示したものである。近年では中国の無人機に対する緊急発進も増えており、令和6年度は23回と令和5年度から3倍近く増えたとされる。中国機全体に占める無人機の割合をみても、令和6年度は約5.0%(無人機23回/全体464回)で、令和5年度の1.7%(無人機8回/全体479回)から大幅に増加したことがわかる。 ※1

これまで、領空侵犯措置における撃墜を含めた武器の使用に関しては、領空侵犯した側の航空機のパイロットの人命に関わるという理由で、正当防衛や緊急避難に該当する場合にのみ許されると解釈されてきた。
令和5年2月20日の衆議院予算委員会第一分科会において、増田和夫防衛省防衛政策局長(当時)は、「(前略)地上の国民の生命及び財産の保護と航空路を飛行する航空機の安全の確保といった武器の使用によって守ろうとする保護法益と、領空侵犯する航空機のパイロットの人命などという武器の使用によって侵害される保護法益との間で厳密に均衡を図るためでございました。」と答弁している。すなわち、人命という保護法益により武器使用の要件を厳格にするべきとされてきたのである。
その一方で、政府は無人機のような人命を考慮する必要のない事案では撃墜も可能であるという解釈も、答弁を通じて示している。同分科会において増田氏は、「領空侵犯する無人の気球や飛行船につきましては、武器の使用によって侵害される保護法益は無人の気球や飛行船という財産だけでございまして、(中略)例えば、そのまま放置しますと他の航空機の安全な飛行を阻害するという可能性がある場合、地上の国民の生命及び財産の保護と航空路を飛行する航空機の安全の確保といった武器の使用によって守ろうとする保護法益のため、正当防衛又は緊急避難に該当しない場合であっても武器を使用することができる」とも答弁している。
こうした中、政府は令和7年6月27日、無人機が領空侵犯した場合、自衛隊は正当防衛や緊急避難に当たらなくても撃墜できるという見解を閣議決定した。すでに、令和7年6月17日の臨時国会にて、政府は松原仁衆議院議員から提出された質問主意書に対して上記の見解を含む答弁書を提出しており、今回の閣議決定は、増田氏の答弁ならびに松原議員に対する答弁書で示した政府の立場や解釈を、改めて確認したものといえる。
これらの現状と政府見解を踏まえ、「コスト強要」と「抑止」という2つの論点からコメントしたい ※2 。
まずは、中国による「コスト強要」について。現在、自衛隊は中国からの無人機に対し有人機2機で対応しており、スクランブル措置の主力となっているF-15の運用コストは飛行時間あたり約555万円、航空燃料も1ミッションにつき200万円ほどが費やされているという ※3 。パイロットの負担および航空機をスタンバイさせる地上支援要員の対応、ならびに物理的な費用の両面での負担となっており、中国側による日本に対する「コスト強要戦略」ともみることができる ※4 。 今回の閣議決定により無人機の撃墜が政府解釈として可能にはなったが、依然として「コスト強要」の問題は残っている。無人機に対して、現場で咄嗟に適切な武器を選択しなければならない状況は、対応する隊員に大きな負担となる可能性がある。
次に「抑止」について。抑止の成功条件はさまざまあるが、抑止の裏付けとなる法的能力とその対応の周知は必要不可欠であるといえよう。とすれば、今回の閣議決定は、防衛力の面で「相手国に領空侵犯させない」という抑止可能性を高めたと評価できる。しかし、この抑止を確実なものにしていくためには、その効果を最大化する努力が必要である。そのためには、撃墜措置や無人機によるキネティックな対処のみならず、積極的平和主義の前提下、我が国の技術力、経済力を背景として、政府答弁や対応を内外に向けて毅然とした態度で情報発信し、対応を周知することが求められる。特に、政府が無人機に対しては撃墜による対応を辞さないことを国際的な政治ドメインで宣言し、継続的に発信を続けるという広義のノンキネティックな対応は、抑止力の実効性を確保するとともに、現場の負担を軽減する効果的な取り組みではないだろうか。
- なお、各発進回数は防衛省の発表を参照しており、推定を含んでいる。
- トーマス・シェリングは、「抑止(deterrence)」を自らに好ましくない行為を相手に自制させることを目的とするもの、「強要(compellence、シェリングが造語)」を自らに好ましい行為を相手に実行させることを目的とするものと定義したうえで、両者をまとめて「強制(coercion)」と解釈した。
- 出典
①竹内修, “「怪しい航空機接近」が多すぎる! 戦闘機スクランブルで疲弊する空自 “コスパ良い方法”を模索”, 乗りものニュース, 2025年4月20日, https://trafficnews.jp/post/539687, (2025.7.24閲覧)
②勝股秀通, “これでは防衛力強化は空想に 国民に響かないリーダーの言葉”, Wedge ONLINE, 2022年12月26日, https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28953 , (2025.7.24閲覧) - ロシアによるウクライナ侵攻において、ウクライナ側は安価なドローンを使用し、高価な最新鋭のロシアの戦車が破壊されるという事案が確認されているが、これは守る側がコストの問題にうまく対処しているという点で、本事案の逆バージョンといえよう。