はじめに
最初のJADCレポートとして、「新たな領域が防衛力ドメイン ※1 に追加された背景」をシリーズでお届けします。
本レポートでは今回、まず「防衛を巡る『領域』」について、そして、「指揮統制システム」の歴史、さらに、それらを可能にしてきた技術戦略である「米国の相殺戦略」について陸軍種の視点で解説します。
第2回、第3回は、宇宙領域、サイバー領域、電磁波領域などの「新領域」について取り上げていきます。これらの話題については、高名な専門家がさまざまに発信されているので、そちらの書籍・記事などを引用させていただきつつ、軍事の視点を織り交ぜて、解説する手法をとっていく予定です。
1. 防衛を巡る「領域」
近年、防衛を語るうえで「領域」の語が多用されるようになってきています。陸、海、空はキネティック領域 ※2 と呼ばれますが、宇宙、サイバー、電磁波の3つの領域は防衛の世界では「新たな領域」とされ、2016年以降、米陸軍ではこれらの6つの領域のことを「マルチ・ドメイン ※3 」と呼んでいます。
わが国では、30大綱 ※4 において「陸・海・空という従来の領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな能力を融合させる領域横断作戦」を可能にする防衛力として「多次元統合防衛力」の語がはじめて登場。その後、安保三文書 ※5 (2022年)において、抜本的に強化する防衛力として「領域横断作戦能力」が第一に掲げられ、かつてない取り組みが進められています。
渡部 悦和 氏(元東部方面総監)は、その著書 †1 のなかで「戦争には古いも新しいもなく、戦争に勝利するためには、その時代の技術水準で利用できるあらゆるドメインを使った戦い(オール・ドメイン戦)にならざるを得ない」と述べています(図1参照)。これは、防衛作戦に勝利するためには、マルチ・ドメインに加え、現実世界に存在するすべての領域の影響に着目し、これら全部を組織化して利用することが必要という主張です。
戦争は人間の活動であり、オール・ドメイン全体および個別の領域は、互いに影響を与え合い、私達から見える性質を変化させつづけて「複雑な世界」を構成しています。言葉を変えれば、防衛作戦の帰趨は防衛力単独では決まらないということです。この性質を、歴史が、そして現在メディアで私たちが日々目にするロシア・ウクライナ戦争の状況が、詳らかにしています。
つまり、国の守りは(防衛力のみではなく)オール・ドメインでの対応である点、そして、その中で、防衛力(多次元領域統合防衛力)は、侵攻が現実となった場合の対処能力であることは言うにおよばず、脅威による企図の実行を未然に抑止する唯一の手段である点、私たちはこの2点を強く認識する必要があります。そして、我が国周辺やサイバー空間においては、グレーゾーン事態(純然たる平時でも、有事でもない事態)が常態化していること †2 、将来宇宙空間においても発生しえること †3 を忘れてはなりません。

2. 指揮統制システム
指揮統制 ※6 とは、指揮官が部隊を運用するための行為全体を指します。指揮とは、強制力をもって命令で実行させること、統制とは、全体を最適化するために資源を分散させないよう効率化を図ることです。指揮統制には状況判断が伴い、その実行には意図の伝達の媒体が必要となり、それが命令・指示になります。
指揮統制は、軍事組織の指揮官のミッションです。その発揮の手段である命令・指示により、隊員が、部隊が行動し、あるいは火力が発揮され任務を達成します。その指揮官の指揮統制を支援するのが指揮統制システムです。
指揮統制のための意思決定プロセスとしてOODAループ(Observe(観察)、Orient(方向付け)、Decide(意思決定)、Action(行動))がよく知られています。これは米空軍発祥で、戦闘機操縦における戦闘、状況により戦術レベルの判断が対象です。比較的小規模な組織で意思決定者が全体を見渡せる場合に適しており、変化の速い環境に適用しやすい意思決定要領といえます。
一方、戦術レベル~戦略レベルの指揮官の意思決定においては、PDCAサイクル(Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善))での実行が一般的です。一定以上の規模の組織においては、将来ビジョン(目標)をもって、手持ちのリソースを効果的かつ効率的に総動員する必要があるため、Plan(計画)のプロセスを欠くことはできないからです。

つまり、階層ごとの指揮統制システムの支援によって、戦闘レべルではOODAループ、作戦レベル以上においては、PDCAサイクルによる意思決定を経て実行されることとなります(表1参照)。
大変ざっくりとした言い回しとなりますが、今日の指揮統制システムは、コンピュータ、ネットワーク、通信機材、レーダー、センサーを搭載する衛星、空中プラットフォーム、地上ビークルのみならず、実動組織が階層的に連接されて構成され、指揮官に、CTP(Common Tactical Picture)/COP(Common Operation Picture) ※7 を提供し、彼らの指揮統制を支援します。
指揮統制システムは、一般には「(構成する機能)システム」のように呼称します(例:C3Iシステム)。この呼称の変遷は、指揮官の指揮統制を支援する機能の範囲が、技術の進展に伴い、拡大してきていることも表現しています。それは、指揮官視点で「戦場の霧」を晴らし、彼らのより正しい状況判断に基づいた指揮・命令が伝達され、部隊が行動するための、取り組み支援の歴史ともいえます。ここで、その歴史を簡単に紐解いてみましょう。(表2参照)
工業化時代以前の指揮統制は一方的で、現場の状況の把握も課題でしたが、このコミュニケーションの問題は、我が国でいうと日露戦争の頃以降の無線通信の軍事への活用により解決されることとなります。
冷戦初期の1960年代、米陸軍では、核攻撃による地上部隊の大量損耗を回避するため、地上部隊(陸軍)は装甲車化され、広域分散運用する戦い方が採用されました。当時の無線通信による通信の枠組みが「システム」と呼べるとしたら、「C3 ※8 システム」ということになるのでしょう。
1970年代に入り、中東の戦場において精密誘導兵器が出現した時代、指揮官が、より正しい状況判断を行うためには情報を集約整理して、より正確で、レベルに応じた粒度とすることが必要となりました。
さらなる情報量の増加はその処理を必要とし、コンピュータ技術の発達は不可欠なものと認識されていきます。1980年代半ば、米国において統合運用が開始されたことから、相互運用性 ※9 を考慮することがつねに必要となりました。1990年代後半、いまだ冷戦体制にあった米軍の戦力を変革させるためのRMA(Revolution in Military Affairs)の議論が生起し、2000年代に入り「ネットワーク中心の戦い方」(Network-Centric Warfare: NCW)を実現するためにトランスフォーメーションが推進されることとなります。そして指揮統制システムはセンサー、意思決定、ウェポンまでの指揮統制について、情報収集から意思決定、実行までをシームレスに支援するシステムに深化し、今日に至っています。 †4
米陸軍ドクトリン1982年版FM100-5 Operations「(通称)エアランド・バトル」の検討段階のパンフレット(TRADOCパンフレット525-5, P.4, 1986)では、「将来戦闘力に向けた具体的取組」において目標とする先進装備に並んで「C3Iシステム」という記述があり、指揮統制システムが戦力造成の前提の基盤的位置付けに変化していたことが見てとれます。そして、冷戦期、欧州正面において旧東側と対峙するために案出されたこの「エアランド・バトル」のドクトリンは、C4I2SRシステムによる指揮統制支援の下、冷戦後の湾岸戦争におけるイラクとの戦いにおいて完成・結実したと評価されています。
ここまで、指揮統制システムの簡単な歴史について俯瞰してきました。今日の指揮統制システムは、ネットワーク上に構成されることに加え(サイバー領域)、衛星からの情報を使用し、また衛星を活用した通信基盤を活用し(宇宙領域)、陸・海・空・宇宙ドメインにおいてはレーダー、無線通信を使用し、あらゆる装備品、関係機器は電子機器から構成されることから(電磁波領域)、新領域に大きく口を開いていることにほかなりません(逆に、競争者も同様のウィークポイントをもっているともいえます。)。これらの領域を安定的に活用して指揮統制を継続するためには、すべての領域から来る脅威に対応できる備えは必須といえます。なお、これらが新領域として位置づけられ、指揮統制の前提となる重要な領域としてオフィシャルに認識されたのは、陸軍視点では、2016年、「マルチドメイン・バトル(多領域戦闘)」として米陸軍ドクトリン出版物にその記述が現れて以降のこととなります。 ※10
指揮統制については、システムの技術レベルの向上に加え、対象とする領域が広がることで、より大きなシナジー効果が得られ、指揮官に対する指揮統制支援は質・速度ともに向上してきています。特に今日、ニアピア ※11 な競争者との戦闘・戦術レベルの戦いにおいては、OODAループをいかに優越させることができるか(速く回転させるか)が、主要なテーマの一つとなっています。

3. 米国の相殺戦略
戦後、米国は、軍事において技術優位を維持しつづけるとの意思と発想のもと、先端技術を指定してその開発を促進する「相殺戦略」を実施してきています。
アイゼンハワー政権時代の「ニュールック政策(第1次相殺戦略)」では、「核兵器」「長距離輸送システム」などの技術が指定され、前者は第二次世界大戦までに得た成果の深化、後者はプラットフォーム、すなわち戦略爆撃機、弾道ミサイルが指定されていました。アイゼンハワー大統領は、戦後の核兵器の技術的優位に着目し、欧州正面のソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍に対し、通常兵力による莫大な出費のかかる抑止を回避した(戦後の軍縮期に、核兵器のトレードオフとして通常兵力を選択)との評価があり、これがまさに「相殺戦略」のルーツといえます。
ベトナム戦争後のデタント期、長期にわたるインドシナ半島での戦いによる「思考停止」 ※12 を挽回するためにドクトリン議論がおおいに行われるとともに、それを実現するために技術の遅れを回復することを目指したのが「相殺戦略(第2次相殺戦略)」です。米国はワルシャワ条約機構軍との対峙にあたって、またも数的劣勢を相殺するためのドクトリンを実現するため、新たな技術、すなわち情報・監視・偵察(ISR)を重視し、精密誘導兵器、ステルス技術、宇宙を利用した軍事通信と航法技術の向上に取り組んだ時期とされます(GPSはこの時期に開発されたものです)。オフセット戦略(第2次相殺戦略)の果実が、湾岸戦争で発揮されたことは前述のとおりです。
現在は、「革新的な科学技術の応用による米軍のグローバルな兵力投射能力を回復 ※13 することにより米国の優位性を確保」することを目的とし、オバマ大統領の時代に「第3次相殺戦略」が開始され、現在進行中です。 ※14 具体的な技術としてはAI、ロボット、小型化(無人システム、自動操作、長距離およびステルス航空運用、水中戦及び戦力投射のための複合的エンジニアリング)などが指定されています。 ※15
このように米国は、優位を確保した最新の技術で勝利を獲得する手法を実現する戦略を恒常的に採用しています。また、潜在的脅威に備え、次世代技術に着目し、革新的技術を実用化するための大投資を国家が担い、官民の研究・開発を促進。運用ソフトとあいまってのハード開発を行っています。そして、その成果を民生技術にも波及させるといったサイクルを構築しているように見えます。
(つづく)
